
心臓病と血管病の手術適応を有する患者さんのために診療しています。心疾患で心不全や不整脈に見舞われた方々、動脈瘤で破裂の危機にさらされている方々など、手術適応は多岐に渡ります。手術は全身麻酔による鎮痛、鎮静下に行うものがほとんどですので、眠っている間に終わる施術ということになります。言い換えれば、ご自身の体の中で行う大事な手術操作を、眠っている間に医療者側に任せるということですから、患者さんの立場からすれば、相当信頼できる外科医でなければ自分の手術を依頼できないのは当然です。私は年間約150人の患者さんに対して心臓、胸部大血管手術を執刀(あるいは指導的助手)していますが、その一人一人の患者さんが、私を信頼していただいた大切な方々で、手術に立ち向かわれたその勇気に敬意を込めて診療しています。
手術を余儀なくされた方々のために、本当の意味でのプロとして貢献したい。そのような想いで、日夜心臓血管外科診療を担当させていただいています。

テルアビブ大のユヴァノラルハラリ教授は、著書 “ホモデウス” のなかで以下のように述べています。人類は、それまで生命をおびやかしてきた飢餓、疫病、戦争をほぼ克服しており、自身が生命ピラミッドの頂点、つまり神のようになる。しかし人は、つまるところアルゴリズムであり、その行動原理となる基本メタデータに支配され、結果的に支配者としての人類と家畜としての人類に分別されるであろう、と。何百年、何千年の時空スケールでは真理なのかも知れませんが、現代を生きる我々にとっては、簡単には受け入れられません。なぜなら、同著が出版された時は、コロナウイルスのパンデミック感染が世界を席捲しており、その後ロシアがウクライナに侵攻。さらにその翌年以降は、ハマスによるイスラエル攻撃がきっかけでパレスチナガザ地区での戦闘が激化しています。このような世界の理不尽はいまだ解決の目処がたたず、今後も国際政治の動向から目が離せません。現時点で人類は、“神”どころか、遺伝子に自暴自棄がコードされた“バカな単細胞生物である”としたほうが、よほど説得力があると思います。
そのように、簡単には克服できない人間社会の理不尽の主体は、暴力(戦争から家庭内暴力、一部メディアによるフェイクニュースまで)、差別(性差別から人種差別など)、災害(地震や津波、森林火災など)、そして疾病であると考えています。医療とは生命科学を基礎としたサイエンス実証現場であり、私の挙げた四つ目の理不尽に対峙するものです。こうしている間も、いきなり眩暈がして精査したら白血病だった、いきなり胸痛がおこったら大動脈が裂けていた、極度の便秘だから調べたら大腸癌だった、などなど、自らどうすることもできない運命が突然人々に襲いかかっています。私はこのような理不尽に耐え難い怒りを覚えます。当科、総合東京病院心臓血管外科も、理不尽きわまりない心疾患、血管疾患に日々向き合い続けています。
“疾患”という理不尽にさらされた方、あるいはご家族が深刻な疾患にさらされたという方、多いのではないでしょうか。そのような方々の立場からすれば、一見神聖に見える白衣を着た医師から、“あなたは大丈夫です”、と言われたら、一時的にもほっと安心されるでしょう。しかし医師の”大丈夫”とは、“今のところ”、“医師の視野範囲のデータから鑑みるに”、という隠された前置きがかならず存在します。これは、この車の安全性はほぼ大丈夫だとか、このマンションはよほどの火事でも耐えられるという文言といくらか似ています。あらゆる診断や医療行為に100%はありえません。しかしそのような不確実性を併せ持つ医療だからこそ、患者さんひとりひとりに真摯に向き合い、正直にお話しし、今現在の自身のベストを発揮して患者さんに寄り添うことが、唯一われわれにできる誠意です。ですから、“私があなたを治療した”という医師がいるとすれば、こころなしか私には傲慢に聞こえます。心臓や血管の手術がうまくいったとして、その後その方が元気でハッピーにリカバーできるかどうか。術後管理を徹底しながらも、祈りながら寄り添うことしかできないことも多々あります。
伝説のプロマーケターの森岡毅氏は、著書 “苦しかった時の話をしようか” の中で、次の様に述べています。人が、本当に辛いのは、死ぬほど忙しい時でもなく、また仕事がうまく行かなかった時などでもない。自分自身の存在意義がなくなってしまうのではないかと不安に陥る時である、と。働き盛りの方が、今週も私のもとで心臓手術を受けられました。患者さんのさまざまな不安のなかには、病気そのものに関する不安はもちろん、そのように社会的存在意義を失ってしまうのではないかと不安に陥る患者さんもたくさんいらっしゃいます。ですから私は低侵襲治療にこだわります。当科では、可及的に右小開胸、左小開胸手術を導入しています。特に、ご自身の職務に大きな不安を抱いておられる方の場合には特に、術後4日後退院をルーチンとして、早期職場復帰を目指していただきます。
当科は、循環器領域の中の外科領域ですから、基本的には心臓血管手術が必要になられた方が受診されています。本当は、私のような外科医に知り合うことなく一生を全うするのが望ましいことは言うまでもありません。しかし、ご自身にふりかかったこの理不尽は、受け止める以外にしかたのないものとして腹をくくってファイトしていただき、私と一緒に心臓血管病と対峙していただきたい。きっと、私たちはあなたのお役に立てると思います。
2024年3月
循環器科と常に連携
はっきり申し上げますが、心臓血管病の主役診療科は循環器科です。心臓血管外科ではありません。なぜなら多くの循環器病の治療は循環器科で完遂されています。外科手術を受けなくても良好な経過が見込めるのであれば、誰も手術など受けたくないはずですし、だからこそ優秀な循環器科医が、循環器疾患で悩む患者さんにとって救世主になるはずです。一方で、優秀なプロの循環器科医ほど、心臓血管手術の利点、欠点をよく理解されておられますので、“手術は大変だけど、長期的に鑑みればあなたは手術をお受けになられた方がいい”というような根拠に基づく明確なコメントがなされ、その理由がきちんと説明されます。プロ意識の薄い循環器科医は、“手術する方法と、手術しなくてすむ方法とありますが、どちらになさいますか?”という無責任な説明を平気で患者さんに行います。幸い私は、プロの循環器科医師に囲まれて診療させていただいているため、手術適応と判断されご紹介いただいた患者さんの多くは、なぜ手術が必要なのかすでにご理解されています。
また、私の認める優秀な循環器科医の特徴の一つに、付き合う心臓外科医を選んでいるということもあります。心臓手術を受けた患者さんの術後経過は、循環器科医には“まる見え”なので、手術を推奨したことがよかったのかどうかの検証など、目の前で極めて簡単明瞭です。手術を推奨した以上、責任を持って外科医師に紹介しようとされるのは当然で、だからこそ心臓外科医を選ばれているのだと思います。
循環器科との連携とはそのように、院内の馴れ合いなどでは決してなく、互いに切磋琢磨し合う信頼関係を意味し、患者さんだけでなく、循環器科の先生方に十分満足いただけるプロの仕上がりを提供することが我々の使命になります。
2018年4月